大企業の変革ーEQが人を動かし、IQが方向を定めるーDisneyのRobert Iger自伝を読んで
IQとEQとは?
IQだけでは不十分?心の知能指数「EQ」を高めて理想のリーダーを目指す | 識学総研
IQは知能の高さ、処理能力の高さを示すものだが、それに対しEQとは、感情をうまくコントロールしながら、他者とうまく交流する能力を示すものと言われる。
EQの領域として、「自己認識」「自己管理」「社会認識」「人間関係の管理」が取り上げられているが、自分の感情のコントロールに半分の領域が割り当てられていることからもわかる通り、自分の強み、弱みを認識したうえで、感情をうまく操りながら、人々を鼓舞していくタイプのリーダーがEQの高いリーダーとされている。
不振のディズニーを変えた男
ロバートはTV制作のスタッフからキャリアをはじめ、ESPN、ABCの経営陣を歴任し、最終的にはディズニーのCEOになった経営者である。当時のABCとディズニーの真逆ともいえるカルチャーを見事に融合させたこと、そしてロイ・ディズニーをはじめとした創業一家へリスペクトを払いつつ、経営意思決定から離れさせたことなど様々なドラマがある。そのドラマのほとんどは、根回しと周りの感情を理解したうえで、決断する時はバッサリと選択と集中をすることから生まれてきた。
そして、ピクサー&スティーブジョブズとディズニーが良好な関係を築けたことも、ロバートのEQのなせる業だったと思う
The Ride of a Lifetime: Lessons Learned from 15 Years as CEO of the Walt Disney Company
- 作者:Iger, Robert
- 発売日: 2019/09/23
- メディア: ペーパーバック
ちなみに大企業の変革といえば、ナビスコからやってきて、外様として内部の抵抗を跳ねのけながらIBMをハードウェア企業からソフトウェア企業へとTransformしたガースナーの名著がある。
しかしながら、ガースナーがとても「IQ」的に優れたリーダーだったのに対し、ボブアイガーは戦略的にはシンプルなことしか提言しておらず、その戦略も難しいものではない。Content is King、アニメーションの復活をすべてのプライオリティに据えたというシンプル極まりない決定。そして、テクノロジーとグローバル化というアニメーション事業の復活を前提にした基本方針を定めたに過ぎない。
皮肉にもガースナーの前にナビスコを波乱の渦に巻き込んだKKRとナビスコ経営陣の対決は下記の書籍に明るい。こんな最悪なCEOが存在し、そして彼がどんどん出世していったという悪夢のようなストーリーだが、実は今風に言うと、ロス・ジョンソンという人はとてもEQが高い人間だったのかもしれない。
優れたリーダーの原則
ロバートは優れたリーダーの条件として、 いくつかの定性的な条件を出している。
- 前向きであること
- 勇気を持つこと
- 集中すること
- 決断すること
- 好奇心を持つこと
- 公平であること
- 思慮深いこと
- 自然体であること
- 常に最高を追求すること
こう見ると、とてもEQ、気分的なものが多い。9の最高を見出すことはもしかするとIQの範疇だが、追求するという姿勢や態度はEQの範疇だ。
本物のリーダーシップ
そしてロバートは本物のリーダーシップについて次のようなことを書いている。
本物のリーダーシップとは、自分が何者かを知り、誰かのふりをしないことなのだ。
優れたリーダーシップとは、代わりのいない存在になることではない。誰かを助けて自分の代わりになる準備をさせてあげることだ。また、意思決定に参加させ、育てるべきスキルを特定し、その向上を助け、時にはこれまで私がやってきたように、なぜその人がまだステップアップできないのかを正直に教えてあげることでもある。
これは、あまりにも他のリーダーの量産型が増えすぎている昨今のトレンドを表していると思う。こういう自伝が増えて、誰かをロールモデルにして追いかける意識の高いリーダーが増えた。でもあなたはあなた。EQが高い人間は間違いなく高いSelf-awarenessを満たしている。
ディズニーというクリエイティブな組織を率いるリーダーシップ
こと、ディズニーを率いる上で、大切なのは「どうやってクリエイターを率いるか」というたくさんの人が悩んでいる命題だろう。スティーブジョブズに、クリエイター以上にクオリティに厳しくなることで解決できることばかりではない。
創造のプロセスを管理するということは、それが科学ではないと理解することからはじまる。すべては主観であり、何が正しいかはわからない。何かを生み出すには大きな情熱が必要で、ほとんどのクリエイターは自分のビジョンや流儀が疑われれば、当然ながら傷つく。私は、制作側の人たちと関わる時には、このことをいつも心に留めている。
経営者は作品が芸術的にも商業的にも成功を収めるように管理する責任があるが、その責任を果たすためには、創造性を損ねず作品創りを邪魔しないように制作過程を注意深く見守る必要がある。共感力がなければ創造性を上手に管理することはできないし、制作者を尊重することは作品の成功に欠かせない
不振のディズニーを変えたシンプルな3つのPrinciple
これらの中で圧倒的に大切なことがスティーブジョブス率いるピクサーとの関係性だった。マーヴェル、ルーカススタジオの買収もこのシンプルな3つの優先項目から始まっている。スティーブジョブスを巻き込むうえで大切だったのは下記二つだろう。
ひとつは恭しい敬意ではなく、心から相手のことを考える「敬意」だ。
その中で、「敬意を払う」という、一見些細でつまらないことが、どんなデータ分析にも負けず劣らず大切な決め手になった。敬意と共感を持って人に働きかけ、人を巻き込めば、不可能に思えることも現実になるのだ。
そして、関係性の課題を明らかにし、それを解決すること。
スティーブの不満のひとつは、ディズニーとのあいだでは何事もなかなか進まないということだった。ディズニーではすべての合意事項を重箱の隅をつつくように確認し分析してからでないと何もできなかったし、スティーブのやり方とは正反対だった。私はこれまでのような仕事の進め方はしないということをスティーブにわかってもらいたかった。私に決断の権限があること、彼らと共に未来を探っていきたいと熱望していること、そしてそれを素早く実行できることを知ってほしかった。
後継者の行方
ロバートは後継者として、Bob Chapekを選んだ。前テーマパークビジネスの責任者である。今のところ、コロナの影響もあり、彼が出身部署をひいきにするような動きは全くなく、むしろDisney+へのコンテンツ投資は一層強められており、コロナを追い風に会員数は絶好調だ。
ただ、このBig betは彼らの既存ビジネス(映画館配給)と大きくカニバる可能性があり、Profitabilityへの疑問が残る。
ストリーミングでNetflixに勝てるのか?
更にテクノロジーの面で、Netflixに勝てるのか?という疑問も残る。
ただ、Walmart然り、これまでデジタルプレイヤーに苦しんでいた既存の巨大プレーヤーがコロナを機に本気でデジタル分野へと投資を始めたのは事実で、既にいくつかの業界ではスタートアップは参入できないレベルになっている。
ディズニーの築き上げてきた骨太のコンテンツは間違いなく素晴らしく、そして何よりサブスク継続率や新規加入率などの明確なKPIを持つNetflixにはない「映画館で一発勝負」の潔さを持ったコンテンツが蓄積している。
Netflix疲れ、YouTube疲れは今後確実に起きて、その揺り返しが来たとき、コンテンツの覇者であるDisneyがまた覇権を取るのかもしれない。
コロナ明けのNew Normalで一番注目すべきは小売業界、そしてエンタメ業界かもしれない。