足ることを知らず

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作画汗まみれはデータ領域に生きる全ての人が読むべき本

作画あせまみれを読んだ。


書評を抜粋します。

多くのアニメファン、仲間から慕われ、高畑勲宮崎駿と共に青春時代を過ごした職人的アニメーター大塚康生麻薬Gメンからアニメーターになった異色のキャリアから、『太陽の王子ホルスの大冒険』等で高畑、宮崎らと過ごした熱き日々まで―日本アニメーションを黎明期から支えた氏が語る数々の傑作アニメ誕生の舞台裏。


ビジネスにおけるシンパシー
著者は東映時代から始まり、その後山ほどのアニメ作品を担当します。
最初の方はディズニーの完全に分業化されたアニメ作り、加えてアウトプットのクオリティも高いものに対して、どうやって日本が個人力でそれを越えるクオリティを実現してきたか等、現代のビジネスでも共感できる日米対比が描かれています。
安定したクオリティを毎回出してくるディズニーに対し、行き当たりばったりだが、たまに珠玉の作品を出す東映といった対比もとてもおもしろかったです。

アニメ作りは、美術、原画、演出(僕もこの本でしか知らないが)等、意外とたくさんのプロセスで出来ている。個人的にはここに分析作業における似たようなシンパシーを感じた。エンジニアリング、モデリング・マイニング、プレゼンテーションといったところでしょうか。何よりこれらのプロセスが東西を問わず、映画一本によって分担方法が違うというところもとても興味深いです。

虫プロの登場
さて、この本で一番おもしろかったのは、手塚治虫率いる虫プロの登場である。最初に大塚さんがアトムを見たとき、とてもじゃないが人様に見せられるようなものではないと思ったそうだ。しかしながら、実際にはご存知の通り大ヒットをしました。

その際に大塚さんはパラダイムの変化を感じたという。これは分析官が高度な分析技術にこだわるあまりに依頼者のニーズを受け取らず、自分の世界に入ってしまっていたというありがちな状態を映し出しているように感じました。ただ、個人的に思ったのは、このような依頼者ほったらかしの没頭状態が、ある意味でのサイエンティストや分析官の分析地力を向上させることも確かなのです。

大塚さんは手塚さんが日本のアニメを技術的に大きく変えてしまったそうです。

セルが少なくても、あまり動いてなくても、イラスト集とさほど違わなくても、きちんとした演技をちゃんと追求しなくても成立する。

市場爆発の裏側
さて、手塚さんが出てきて以降、アニメ市場は爆発的に伸びる。
そこでこんなことが起きていたといいます。

最大の副産物は「アトム」によって突然生まれた新しいマーケットにたいして、新規参入があいつぎ、まだ小さかったとはいえ業界が色めきたったことでしょう。
あれでいいのなら、と他の漫画家も励まされ、テレビアニメへの進出が相次ぎます。当然労働市場も一挙に拡大し、引き抜き合戦や群小プロダクションの乱立が始まり、「アニメゴロ」といわれるようなプロデューサーまがいの人物が続出しました。そして、一部ではアニメーターのモラルも低下するといったおまけもついてきました。


これを大塚さんは「資本論」でいう「新たに出現した市場に対する無政府主義的な過度の投資集中と、混乱」と述べています。

スキルセットの曖昧化。名乗った者勝ちの市場。
分析市場も同じようなことが「ビッグデータ」の登場によって起きているのではないでしょうか。皆が口を揃えて、ビッグデータ、ビジュアライゼーション、ダッシュボードという。でもその本質を理解し、成功体験や失敗体験を本当に経験しているのはどれくらいの人なのでしょうか。僕は本当にそっくりなことが起きているなぁと感心しました。

自分なりに例えてみると、やっぱり手塚さんはスティーブジョブズのようにビジネスセンスと爆発的なストーリー構想力の双方が効いていたと思います。分析官で言うと、もうとにかく切り口が抜群。難しい手法を使わなくても結果がきっちり出る。しかもありえない数のケースをこなす。

対して宮崎駿さんはやはり職人的です。市場には組み敷かれないこだわりを感じるのです。そのこだわりが技術であり、強さなのだと思います。ただ、このタイプは優秀なプロデューサー、鈴木さんのような人がいて生きるのではないかと。めちゃくちゃ機械学習に詳しい分析官と超優秀なコンサルタントのコンビみたいなイメージですね。

システムか、人か。
日本はすごいタレントがいた分、システムが遅れると思っています。ディズニーはある意味で、システムを作りました。それはディズニーのビジネスモデルを紐解いた図でもわかります。ある程度の才能があれば飛び出て来れる土壌を作ったのでです。それに対し、手塚さん、宮崎駿さんは自分を基準に全てを作った。それが後継者の問題を生み、次なるスターの一本足打法になる一因だと思っています。これは日本全体に共通することなのかもしれません。