感度の違いは一生の差になる。
同じ経験をしても、それぞれが感じるものは全く違う。
同じ様に「鈍感であること」で貴重な刺激をいくつも逃してしまう場合がある。
よく、「落ち着いて、自分を持つことが大切」という話をよく聞くが、これは「感度を落とせ」という意味ではない。
感じた上で、きっちりスクリーニングをしろという意味である。
ある人にあった時に、その人の素晴らしいところを見つけて、行動に移せる人間と、「素晴らしい」とすら思わない人では10年後には如何ともし難い差が出来ているはずである。
1g単位で測れる体重計は料理の測量計としても使える。
もっと細かい感度の重さを測れたら、益々色んなことに使える。「自分を持つ」というのは1gの体重の変動を気にしないことに等しい。目に入ってくるもの全てを執拗に気にしなくていいのだ。ただ、「気付くこと」と「感じること」は重要なのだ。
ただ概して感度のよい測量計程、耐えられる重さが少ない。同じ様に感度のいい人間は「潰れがち」である。
感情・情報の量は、特に後者は近年倍々ゲームで増えている。これに耐えうる器の大きさと、感度の高さを持っていきたいものである。
0.0001gの感度を持った100tまで測れる体重計に僕はなりたいのだ。